酔虎の独り言 〜本とロックと酒の日々〜

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zoom RSS 自分とは何か 〜アイヌの女性から 教わったもの〜

<<   作成日時 : 2010/02/07 19:49   >>

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合宿研修会という名の
 飲み会に参加した

 いや
 マジメな研修も
 もちろんしたょ
 中でも
 印象的だった今回の講演の
 講師は 
 なんと
 ウチの卒業生


 オレは
 9年前
 彼女が3年生の時に
 国語を受け持った

 彼女の講演の演題は
 「今を生きるアイヌ
  〜『国際先住民族権利宣言』
  時代の教育は

 というもの

 そう
 彼女は
 自分が
 「アイヌ」であることを
 宣言し
 それが自分の
 帰属する場所であると同時に
 自分の存在の核になる部分に
 「アイヌ」を置くという決心をした
 (アイデンティティーとしてのアイヌ)

 現在は
 学芸員として
 アイヌ文化の紹介・普及のために
 活動している

 また
 アイヌ政策推進会議の一員として選ばれ
 同じく選ばれた大学教授ら識者や
 内閣官房長官
 総理大臣などと
 意見を交わす
 大変な役割も担っているのだ

 彼女の言葉で印象的だったのは
 「日本は多民族国家であり
  それは
  日本が豊かな文化を持っていることの証である

 と言ったことだ

 わざと
 確信犯的に
 「日本は単一民族国家」であると
 主張し
 「我が国固有の文化を愛する心を持とう」
 と
 さまざまな圧力をかけてくる
 一部権力者や
 教育者がいる・・・
 ウソだ

 そう
 オレの教員としてのテーマは
 実は
 「差別とどう向き合うか」だ

 そして
 彼女が言っていた
 「差別を生む
 最大の原因は
 無知と無関心

 には
 全く同感である

 そして
 それを解決するために
 一番力を持つのが教育である 

 とオレは信じている

 しかし
 現実は
 教育の現場と
 それを仕切る
 文部科学省
 官僚
 政治家(議員)達によって
 意図的(としか思えない)に
 差別や格差を生むような仕組みが
 できあがっている

 それは
 彼女の言う様々な事例
 (例えば十勝における
  教員の口から発せられる
  アイヌ差別の言葉
  それは時に無知から
  時に悪意から
  生まれる)
 からも明らかであるし

 北海道教育委員会が配った
 アイヌの歴史・文化についての副読本
 (かなりイイ内容だ)が
 使われず
 各教育委員会の倉庫に
 積まれたままになっているという事実
 からもわかる

 さて
 では
 お前は何をしてきたのか
 という問に答えなければならない

 正直
 現在の学校に来てからは
 一般的な差別について
 自分の考え
 事例
 ダメだよということは
 伝えてきたつもりだが
 アイヌに関して踏み込んではいなかった

 前任校では
 かなり時間を割いていたにもかかわらず
 だ

 それは
 彼女も
 自身の体験談とともに
 校内での
 「アイヌ」という言葉には
 とても敏感になっていた
 と言っていたが
 この地では
 アイヌ問題について
 当事者が
 (ということは
  差別の加害者も被害者も
  校内・地域に
  同居しているということだ)
 多くて
 扱いかねていた
 ということが理由として大きい

 もちろん表面には出ない
 でも
 何年かいると
 なんどか
 その生々しい
 現場に遭遇したりもした
 やはり
 何気ない一言の中に
 無意識の差別表現があったり
 実質的な差別があったり・・・

 そんな時いつも
 オレは
 自分の
 テーマの一つ
 「なぜ人は人を支配しようとするのか」 
 に思い当たる

 名付けるということは
 「命名」というように
 命をあたえる
 個としての存在を認める
 つまり支配するということである

 その
 最も簡単で
 しかも
 それだけに
 誰にでもできるのが
 「レッテル貼り」だと思う
 チビ
 デブ
 朝鮮
 アイヌ・・・

 その言葉自体は
 本来的に
 悪い意味は含まない
 それなのに
 それを言う人間の意識と
 場面と
 受け取る側の意識とで
 立派に
 「差別」は
 できあがってしまう

 日本人が
 お互いに
 「や〜い日本人」とは言わないが
 白人に
 「ジャップ」と言われたら
 それは
 差別と感じる
 そういうことだ

 自分とは何かを
 突き詰めないヤツ
 弱い自分を
 さらに弱いモノを見つけ
 レッテルを貼ることで安心する
 貧しい
 精神の持ち主
 そういう人間を生み出す
 教育と
 環境
 (貧困・制度・法律・政治・・・)

 学校における
 アイヌ教育
 先住民について
 文化について
 差別について

 それらは全て
 人間とは何か
 自分とは何か

 という
 大命題に帰結する

 彼女は
 20代前半でそれを
 ちゃんと
 わかったんだ
 すごいことだ

 全ての学問はこの
 命題を基としている
 それことをしっかり理解して
 日々
 教員として過ごす
 授業をする
 生徒と接する

 テストの点数や
 知識がどれだけ増えたかは
 その命題の
 ほんの
 周辺のことなんだよね
 
 もっとしっかりしなくちゃ
 初心忘るべからず

 そんなことを
 思い出させてくれた
 お話だった
 ありがとう
 Cさん
 おじさんも
 頑張ります  

  
  
 『Ebonyand Ivory』
 
 Paul McCartney and Stevie Wonder 


 ビッグ・ネーム二人の
 デュエット
 
 ピアノの上の
 白鍵と黒鍵
 お互い寄り添って
 素晴らしいハーモニーを奏でる
 どうして
 僕ら人間にはそれができないんだろう

 みんなちがって
 みんないい


 By 金子みすず 
 




 
 
 

 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
私は 和人ルーツですが まだアイヌの事、オホーツク文化の事 学ぶ機会がありました。
もしかしたら授業ではなく 風変わりだった小学校の頃の担任の課外授業だったのかもしれませんが…
今現在 小学生はありとあらゆる差別の事に無知すぎます。
勉強もそう云う突っ込んだ問題も すべてはご家庭で… 実は母親としてはすごく行き詰ってます。
まぁ 流されるまま そんなものねといこうかと思ったりもするけど Cさん(でいいのかな?)みたいな方も居るのならば まだ1人のお母さんも何か出来るのかなぁ…
まるおお
2010/02/07 20:51
講演の中でも出ていました
彼女は
教員達への働きかけが大事だと
わかっています
現実は
教科書に載っていない
高校入試には関係ない
という表向きの理由と
実際関心がない
面倒くさい
不勉強である
現場の教員と

本当は
日本における
民族・文化の多様性を認めたり
今までの偏見の上に
成り立った優位性を手放したくないために
事実を教えることを
ないがしろにするような仕組みにしている
行政との
仕組まれた
構造に
原因はあります

意識を持つ
一人のお母さん
一人の教員が
増えることを
期待しましょう
あなたの子供も
親に
教える立場になるのですから・・・
平和風
2010/02/07 21:46

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